狂王ヘロデ (集英社文庫)



狂王ヘロデ (集英社文庫)
狂王ヘロデ (集英社文庫)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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静かな歴史の叙述

 クリスチャン作家の曽野が初めて書いた歴史小説であるが、キリスト教だけでなく、ユダヤ教にも造詣の深い著者だけにユダヤの歴史を何も知らないものにも大変分かりやすく十分に楽しめる作品となっていた。ノンフィクション的な色調も強い。
 
 ヘロデといえばベツレヘムの幼子殺しを行った残虐な王(これも広辞苑によれば虚構らしい)だということしか知らなかったが、彼の政治家としての手腕、猜疑心の強さ、そして権力の栄光とそれに伴う普遍的な悲劇をまざまざと教えてくれるのが本作である。
 
 多くの評者が述べているように口の利けない「穴」という男を王の側近として配したのが妙案である。唖者である彼は決して喧しく何かを言い立てることはない。王の生活と政的変遷をただ静かに伝えるのみである。『すばる』で大岡玲氏が述べておられるように、この小説は歴史の渦を描きながらも、全編を通して作品のトーンを決定する静けさが貫かれている。
 
 欲を言えば、もっと踏み込んだヘロデ王の性格描写が読みたかった。彼が体力を失っていく経緯や理由がきちんと書かれていないために、読者はヘロデの心を肌身で感じることができない。周辺人物の性格付けは豊富になされており、いささかステレオタイプ的であってもユニークなキャラクター造形がされているのだから、なおさら残念である。
 
 登場人物に関して付け加えると、ヘロデの側近アヒアブ(モデルが存在する)と語り手「穴」の二人が実に魅力的である。私は今まで、曽野綾子の小説に出てくる女性たちを清楚で美しいと感じたことはあっても、男性はあまりに虚無的で賢ぶった態度が好きになれなかった。しかしこの作品は違う。アヒアブが有能で賢明な将軍であり、「穴」が見事な竪琴弾きであるということも手伝って、二人の運命論的生き方に静かで清らかな輝きが感じられるのである。



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